「自然に色がにじみ出てくる。」O先生が最後のおけいこで言ってくださった言葉だ。「つくっているとすぐわかる。それで、その場はいいかも知れないが、伸びない。」 能という芸術は考えてみれば、気が長い。時間をかけて熟成するのを待つという、厳しいが、人間的な面がある。能楽師の卵は、最初はうまくなくても、若いうちから機会を与えられ、舞台に出され、育てられる。西洋演劇では、競争に勝ち残った才気ある者だけが舞台に出る。一般的な商業演劇では下手だとオーディションで落とされてしまう。能の世界でも、多少はあるのかも知れないが、やはりスパンが長いような気がする。能楽師になると決意した時点で、人生を捧げる約束をしたのと同じだから、よっぽどのことがない限りは又、自分から他の道を選ばない限りは、師も責任をもって育てるし、習う者もその道を全うしようとするのだろう。こうしてこの芸術が続いてきた背景には、日本文化の継続や何やら以前に、歴史を続けていく者の誇りがあるのではないだろうか。多様化されていく世界の傾向に抗って、一つのことを全うする職人魂。
外から塗ったものと違い、中からにじみだしてきた色はそう簡単には消えない。能舞台は年配の客が多いが、こういった色の褪せない芸術こそ、今の若者が見るべきなのではないだろうか。